我々の住む宇宙は宇宙線と呼ばれる高エネルギーの陽子や原子核で満たされています。しかし、それらがどこで、どのように加速されているのかはまだよくわかっていません。過去に発生した超新星爆発の名残である超新星残骸が最も有力な宇宙線加速場所の候補であり、超新星爆発の際に放出された物質と星間ガスが衝突して生じる衝撃波で宇宙線が加速されると考えられています。近年の超新星爆発の観測から、超新星爆発の際には周囲に非常に濃い星周物質が存在することが明らかとなりました。この星周物質と爆発の際に放出された物質が衝突して衝撃波を形成し、そこで宇宙線が加速されると、宇宙線が濃い星周物質と衝突してガンマ線やニュートリノを生成します。これらのガンマ線やニュートリノを観測することができれば、宇宙線の加速場所や加速機構を明らかにできる可能性があります。東北大学学際科学フロンティア研究所の木村准教授と国立天文台の守屋助教の研究チームは、超新星爆発が濃い星周物質と相互作用した際に生じるニュートリノ・ガンマ線放射を新たな手法で計算し、2023年に近傍銀河で発生した超新星爆発、SN 2023ixf へと適用することで宇宙線の生成効率に関して制限をつけることに成功しました。研究チームはSN 2023ixfの可視光の観測データと一致する星周物質や超新星爆発の放出物質の構造を輻射流体シミュレーションを用いて求め、そのシミュレーションデータを用いてガンマ線・ニュートリノ放射を計算する手法を構築しました。その手法でニュートリノ・ガンマ線放射を計算した結果、宇宙線の生成効率が10%以上の場合には現状のガンマ線望遠鏡で未検出であったデータと矛盾してしまうことがわかりました。今後、この手法を複数の超新星爆発に適用することで衝撃波における宇宙線の生成効率を明らかにできると期待されます。本研究結果は天文学の専門誌 The Astrophysical Journal に2025年5月2日付で掲載されました。
論文情報
タイトル:High-energy gamma-ray and neutrino emissions from interacting supernovae based on radiation hydrodynamic simulations: a case of SN 2023ixf
著者:Shigeo S. Kimura, Takashi J. Moriya
掲載誌:The Astrophysical Journal
DOI:10.3847/1538-4357/adc716
URL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/adc716
我々の宇宙を記述する最も基本的な枠組みである素粒子物理学の標準模型によると、ニュートリノには電子型・ミュー型・タウ型の3つの種類が存在します。それでは、もし人類がまだ見たことのない第4のニュートリノ(ステライル・ニュートリノ)が存在した場合、いったい何が起こるでしょうか。近年の素粒子実験により、地球上の原子炉から放出される反ニュートリノの個数が理論予言よりわずかに小さいという報告がなされています。ステライル・ニュートリノがもし存在した場合この異常を説明することができるため、この粒子は注目を集めています。もしステライル・ニュートリノが存在した場合、それはニュートリノ振動を介して超新星の過程でも出現しうるため、天文観測によりその兆候をとらえることができるかもしれません。
そこで国立天文台科学研究部の森寛治研究員(日本学術振興会特別研究員)、滝脇知也准教授、郡和範教授、長倉洋樹特任助教(国立天文台フェロー)は、電子型ニュートリノとステライル・ニュートリノの間の振動を考慮した2次元超新星爆発シミュレーションを実現することにより、超新星爆発に対するステライル・ニュートリノの影響を見積もりました。その結果、ステライル・ニュートリノと電子型ニュートリノの混合角が大きい場合、電子型ニュートリノのフラックスが減少するため、超新星爆発が失敗することがあることが分かりました。一方で実際の宇宙では超新星は爆発しているため、こうしたモデルは観測と矛盾します。したがって、超新星の爆発可能性に基づいてステライル・ニュートリノの性質を制約できる可能性が明らかになりました。今後はシミュレーションのセットアップに対する依存性を系統的に調べていくことにより、より精密な制限を目指していきたいと考えています。
本研究の成果は米国物理学会の『フィジカル・レヴュー・D』誌より出版されました。
【論文情報】
雑誌: Physical Review D 題名: “Core-collapse supernova explosions hindered by eV-mass sterile neutrinos” 著者: Kanji Mori, Tomoya Takiwaki, Kazunori Kohri, Hiroki Nagakura URL: https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.111.083046
超新星爆発は太陽の約10倍より重い大質量星がその一生の最後に引き起こす大爆発です。超新星爆発は星の内部で作られた元素を星間空間にまき散らし、宇宙の物質進化を駆動します。したがって、我々の宇宙を構成する物質の起源を理解するためには、超新星爆発のメカニズムを解明することが必要不可欠です。
超新星の爆発メカニズムにおいては、ニュートリノと呼ばれる素粒子が重要な役割を担うことが知られています。自然界には3種類のニュートリノが存在し、空間を伝播する過程で互いに入れ替わることがあります。この現象はニュートリノ振動と呼ばれ、この現象を実験的に発見した梶田隆章氏、Arthur McDonald氏に対して2015年のノーベル物理学賞が授与されました。近年の理論的研究によると、超新星内部のような極限的な高密度環境ではニュートリノどうしの自己相互作用によって特殊なニュートリノ振動(集団振動)が発生し、超新星爆発のメカニズムに大きな影響を与える可能性があります。ところが、集団振動を第一原理的に取り扱う手法は計算量が大きいため、これを考慮した3次元超新星爆発シミュレーションはこれまで実現されてきませんでした。
そこで国立天文台科学研究部の森寛治研究員(日本学術振興会特別研究員)と滝脇知也准教授を含む研究グループは、ニュートリノ集団振動を現象論的に取り扱う手法を採用することにより、集団振動を考慮した3次元超新星爆発シミュレーションを実現しました。計算の結果、物質の加熱に寄与する電子型反ニュートリノのエネルギーが従来の超新星モデルより大きくなるため、超新星の爆発エネルギーが従来の予言に比べて数倍から10倍程度増大することを明らかにしました。一方、ニュートリノ振動を考慮しない従来の多次元超新星シミュレーションでは、実際に観測されている超新星イベントよりも爆発エネルギーが小さくなってしまうという問題が指摘されてきました。本研究は超新星物理学上の十年来の問題であったこの「爆発エネルギー不足問題」が、ニュートリノ振動により解決されうることを明らかにしました。今後はニュートリノ振動をより精密に取り扱う手法を探究するとともに、様々な親星モデルや星の回転等を考慮した同様のシミュレーションを実行していくことで、超新星爆発機構に対するニュートリノ振動のインパクトの全貌を明らかにしていきたいと考えています。
本研究の成果は『日本天文学会欧文研究報告』より出版されました。筆頭著者の森は、本研究の成果に対して宇宙核物理連絡協議会若手奨励賞を受賞しました。
https://www.cns.s.u-tokyo.ac.jp/ukakuren/indexnew.html
また、本論文中の図は、『日本天文学会欧文研究報告』Volume 77, Issue 2の表紙に選ばれました。
https://academic.oup.com/pasj/issue/77/2
【論文情報】
雑誌: Publications of the Astronomical Society of Japan
題名: “Three-dimensional core-collapse supernova models with phenomenological treatment of neutrino flavor conversions”
著者: Kanji Mori, Tomoya Takiwaki, Kei Kotake, Shunsaku Horiuchi
URL: https://academic.oup.com/pasj/article-abstract/77/2/L9/8081678
太陽系外惑星(以下、系外惑星)の大気中には光化学によって生成される”もや”(ヘイズ)が普遍的に存在することが示唆されています。ヘイズは土星の衛星タイタンや冥王星の大気にも存在しており、大気化学過程や惑星気候への影響を調べる上でもヘイズの形成プロセスを理解することは重要です。従来、系外惑星は高温環境であることから、ヘイズは煤のような”黒い“物質でできていると考えられていました。ところが、近年のJWSTによる大気観測では、複数の系外惑星でヘイズが”白い“物質で構成されている可能性が示唆されており、従来の予想に対して疑問を投げかけています。
今回、国立天文台科学研究部の大野和正特任助教は、ヘイズの構成物質組成の進化を考慮した新たなヘイズ形成の理論モデルを考案し、系外惑星のヘイズがどのような物質で構成されているのかを調べました。その結果、従来予想されていた煤のような物質は系外惑星大気では析出せず、代わりにダイアモンドという想定すらされていなかった物質が大気中で形成される可能性が示されました。これは、系外惑星の高温で水素に富んだ大気が、工学分野で広く採用されている化学吸着法によるダイアモンドの低圧合成環境に酷似していることに起因しています。今後は系外惑星の大気観測や、系外惑星大気を模擬した室内実験でダイアモンド合成が実際に起きるか検証することで、系外惑星のヘイズの正体に迫れると期待されます。この研究成果は “Photochemical Hazes in Exoplanetary Skies with Diamonds: Microphysical Modeling of Haze Composition Evolution via Chemical Vapor Deposition”として、米国の天文学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2024年12月12日付で掲載されました。
https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ad8e67
近傍銀河で発見された超新星のVLBI観測網による電波観測の結果と理論モデルの比較から、親星の質量放出が爆発の数十年前から活発化していたことを解き明かしました。この成果は、大質量星の進化過程の解明に貢献するとともに、国内の小規模なVLBI観測網が突発天体の研究において有効な手段となり得ることを示しています。
超新星は、大質量星が進化の最終段階で起こす大爆発によって明るく輝く天体です。超新星は可視光での観測が一般的ですが、時折電波放射を伴うものも観測されます。爆発前の大質量星である親星が周囲にガスを放出し形成された星周物質と、爆発により飛び散った親星の残骸が、衝突することによって電波放射を生じると考えられています。したがって、超新星の電波の明るさの変化を時間とともに観測することで、星周物質の濃淡が分かり、親星がどのように質量を失い爆発に至ったのかという大質量星の進化の歴史をたどることができます。
2023年5月19日(世界時間)、山形県のアマチュア天文家・板垣公一さんはおおぐま座の銀河M101に超新星 SN 2023ixf を発見しました。SN 2023ixf はII型と呼ばれる種別で、地球からの距離が約2200万光年と非常に近い超新星です。このような超新星は10年に1度程度しか発見されない貴重な天体であるため、国内外の多くの研究グループが追観測を実施しました。
国立天文台水沢VLBI観測所の岩田悠平特任助教(前 科学研究部特任研究員)、冨永望教授、守屋尭助教らの国際研究グループは、VERA、日本VLBI観測網(Japanese VLBI Network; JVN)、韓国VLBI観測網(Korean VLBI Network; KVN)をそれぞれ用いて、SN 2023ixfの電波観測を実施しました。茨城大学が運用する日立32 m電波望遠鏡と、山口大学が運用する山口34 m電波望遠鏡が参加したJVNの観測結果から、爆発の152日後、206日後、270日後の観測で電波放射を検出し、その明るさを測定することができました。VERAやKVNでは検出できませんでしたが、電波強度の上限値を求めることができました。この観測結果を理論モデルに当てはめると、爆発の約30年前から直前にかけて、親星が徐々に激しくガスを放出したことが示唆されました。
今後は、VLBI観測により電波放射源が次第に大きくなっていく様子をとらえ、爆発による膨張運動の測定が期待されます。また、さまざまな超新星について同様の電波観測を行うことで、親星の質量放出の多様性の解明に繋がります。
今回の観測で使用したVLBIは東アジアVLBI観測網やEvent Horizon Telescope などの国際的なVLBIと比較すると小規模ですが、大規模VLBIでは不向きな迅速かつ高頻度での観測の実施や、各VLBIに特有の観測モードを活用することにより、今回の研究成果へと繋がりました。次世代の超大型電波望遠鏡 Square Kilometre Array (SKA) では、広視野・高感度の観測により電波でも超新星のような突発天体が多数発見されることが予想されています。今回の研究成果は、小規模なVLBIがSKA時代における突発天体の時間軸天文学の研究にも有用であることを示したと言えます。
今回の成果は、Iwata et al. “Radio Follow-up Observations of SN2023ixf by Japanese and Korean Very Long Baseline Interferometers” として、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2025年1月8日(現地時間)掲載されました。
国立天文台水沢VLBI観測所からリリースされた記事は以下をご覧ください。
https://www.miz.nao.ac.jp/veraserver/hilight/20250109_SN2023ixf/
論文情報
Yuhei Iwata, Masanori Akimoto, Tomoki Matsuoka, Keiichi Maeda, Yoshinori Yonekura, Nozomu Tominaga, Takashi J. Moriya, Kenta Fujisawa, Kotaro Niinuma, Sung-Chul Yoon, Jae-Joon Lee, Taehyun Jung, Do-Young Byun, “Radio Follow-up Observations of SN 2023ixf by Japanese and Korean Very Long Baseline Interferometers”, The Astrophysical Journal, 2025
DOI: https://doi.org/10.3847/1538-4357/ad9a62
助成金リスト
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
国立天文台科学研究部の谷口琴美特任助教を中心とする研究チームの成果が野辺山宇宙電波観測所から発表されました。詳しくは下記のリンクをご覧ください。
野辺山観測所:https://www.nro.nao.ac.jp/news/2024/0418-taniguchi.html
論文へのリンク:
ApJ vol. 965, issue 2, article ID 162
DOI: 10.3847/1538-4357/ad2fa1
URL: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ad2fa1
国立天文台科学研究部の中島王彦特任助教や大内正己教授、張也弛特別研究員らは、東京大学の研究者と共に、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の分光観測データを使い、134億光年かなたの宇宙に明るく輝く2つの銀河の正確な距離を測定することに成功しました(図1)。134億-135億光年かなたの天体の観測史上最遠方の宇宙では、これまでに3個の銀河が確認されていましたが、理論予測と矛盾しているのかどうかはわかっていませんでした。今回新たに2個の銀河が確認されたことで、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡打ち上げ前に出版されたどの理論予測と比べても予想以上に銀河の数が多く、初期の宇宙では短い時間で次々と星が誕生していることがわかりました。この結果は初代銀河を含む宇宙初期の銀河の形成過程が、従来考えられていた理論とは異なる可能性を示しています。
詳しくは、以下をご覧ください。
東京大学宇宙線研究所ウェブサイト
[日] https://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/news/14594/
[英]https://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/en/news/14595/
この研究成果は、「 Pure Spectroscopic Constraints on UV Luminosity Functions and Cosmic Star Formation History From 25 Galaxies at zspec=8.61-13.20 Confirmed with JWST/NIRSpec」として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に2023年12月22日付で掲載されました。
著者: 播金優一, 中島王彦, 大内正己, 梅田滉也, 磯部優樹, 小野宜昭, 徐弈, 張也弛
DOI: 10.3847/1538-4357/ad0b7e
URL: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ad0b7e
国立天文台科学研究部の大内正己教授や冨永望教授、渡辺くりあさん(総研大2年)、中島王彦特任助教、張也弛特別研究員らは、東京大学や筑波大学の研究者と共に129億年から134億年前の宇宙にある3つの銀河(図1と図2)で、炭素と酸素に対して窒素が異常に多いことを明らかにしました。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線観測で得られた非常に高い精度のデータを詳しく解析して測定した酸素、炭素に対する窒素の存在比(*)は、現在の太陽系はもとより、私たちの天の川銀河と比べても3倍以上に及びます。このことは、これまで一般的に考えられていた元素の主な供給メカニズム(恒星の内部で元素が作られて超新星爆発で宇宙空間に拡散すること)とは異なるプロセスが初期の宇宙で起こっていることを意味し、ビッグバン直後の宇宙に新たな謎がもたらされました。
詳しくは、以下をご覧ください。
東京大学宇宙線研究所ウェブサイト: https://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/news/14554/
筑波大学ウェブサイト: https://www.tsukuba.ac.jp/journal/technology-materials/20231211150000.html
この研究成果は、「JWST Identification of Extremely Low C/N Galaxies with [N/O]>~0.5 at z~6-10 Evidencing the Early CNO-Cycle Enrichment and a Connection with Globular Cluster Formation」として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に2023年12月12日付で掲載されました。
著者: 磯部優樹, 大内正己, 冨永望, 渡辺くりあ, 中島王彦, 梅田滉也, 矢島秀伸, 播金優一, 福島肇, XU Yi, 小野宜昭, ZHANG Yechi,
DOI:10.48550/arXiv.2307.00710
URL:https://arxiv.org/abs/2307.00710
(*) 炭素と窒素、酸素ガスの存在比というのは、ガスを構成する炭素と窒素、酸素の原子の個数の比率を意味します。
東京大学宇宙線研究所の播金優一助教と国立天文台科学研究部のYechi Zhang研究員、中島王彦特任助教らからなる研究チームは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを使い、120-130億年前の遠方宇宙に10個の巨大ブラックホールを発見しました。この数は従来の研究で予想されていた数の50倍で、宇宙誕生後10-20億年後の遠方宇宙に既に大量の巨大ブラックホールが存在していたことを示す重要な結果です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
(日)https://www.icrr.u-tokyo.
(英)https://www.icrr.u-tokyo.
国立天文台科学研究部/鹿児島大学天の川銀河研究センターの馬場淳一特任准教授を中心とする研究チームの研究成果が発表されました。詳しくは下記リンクをご覧ください。
鹿児島大学プレスリリース https://www.kagoshima-u.ac.jp/topics/2023/11/post-2115.html