現在、隔週程度の頻度で重力波観測により発見されているブラックホールの合体は、天文学・物理学の進展の手掛かりとして最も注目されている現象の一つです。一方でこれらのブラックホールが、宇宙のどこでどのようにして対をなし、合体に至ったのかは分かっていません。これらの情報は重力波により宇宙進化を解明していく上で重要であり、本研究はこの問いに迫る手段を提供しました。
近年、特徴的なブラックホール合体として、GW190521と名付けられた重力波イベントが報告されました。このイベントでは、これまで理論的に予想されていた質量よりもブラックホールが著しく重いことに加え、合体に付随して突発的な可視光の放射が観測されました。これらの特異な特徴は、通常の環境下での合体のシナリオでは説明が難しく、天文学コミュニティではそれらしいモデルについて活発に議論が行われています。
本研究グループは、このような特徴を説明し得る環境として、銀河の中心領域に着目しました。ほとんどの銀河の中心領域には、太陽の百万倍以上の質量の超巨大ブラックホールが存在し、それらはしばしば回転する巨大ガス円盤に囲まれています。これらの巨大ガス円盤内にはたくさんのより小さなブラックホールが存在し、それらはガスや他の天体との相互作用により、時間をかけてお互いに近づいて対をなして合体し、さらに連続した合体によって、GW190521において観測されたような重いブラックホールを形成可能であることが田川特任助教らの研究により明らかになっています。またこの環境では、巨大ガス円盤からブラックホールへのガスの降着によって、電磁波が放射される可能性があります。しかしながら、GW190521に付随して観測されたような可視光放射の特徴や、電磁波がブラックホール合体の後にのみ放射される過程を説明できる物理過程が分かっておらず、この光の放射の付随は偶然の一致によるものであると広く解釈されていました。
そのようななか研究グループは、明るい電磁波の放射を作り出す過程として、ブラックホールから放出されるジェットと巨大ガス円盤内のガスとの衝突により生じる強い衝撃波からの放射に着目しました。このシナリオでは、一部のブラックホール合体事象に電磁波放射が付随することが予言されます。これは、連星ブラックホールが合体するとブラックホールのスピンの向きが合体前後で変わることにより、合体後に出るジェットが再び活動銀河核の円盤と相互作用して衝撃波を形成するためです。その衝撃波が円盤表面に達すると様々な波長で観測可能な電磁波を放射します。このシナリオにより、過去に報告されている重力波イベントGW190521と電磁波の対応天体候補を説明可能であることが明らかになりました。さらにこの現象から、ブラックホール合体の起源、活動銀河核円盤の構造、宇宙論、プラズマ物理、重力理論の理解の向上など、様々な天文学・物理学的進展が見込まれるため、今後の連星ブラックホール事象に対する電磁波追観測が期待されます。この研究成果は米国天文学会発行の天体物理学専門誌『The Astrophysical Journal』誌に2023年6月6日付で掲載されました。
論文情報
【掲載誌】The Astrophysical Journal
【論文タイトル】Observable Signature of Merging Stellar-mass Black Holes in Active Galactic Nuclei
【著者】Tagawa, Hiromichi; Kimura, Shigeo S; Haiman, Zoltán; Perna, Rosalba; Bartos, Imre
【DOI】10.3847/1538-4357/acc4bb
【URL】https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/acc4bb