国立天文台科学研究部

2025.12.5 研究ハイライト

宇宙初期の謎天体に迫る: JWSTの時間軸観測とChandra X線観測がもたらした新しい視点

ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の観測によって、宇宙誕生から間もない時代に、1,000 km/sを超える高速度成分をもつ強い水素輝線(Hα輝線)を放つ天体(=高速度Hα輝線放射天体)が数多く見つかっています。これらの多くは非常に小さく、赤い色を示す「Little Red Dots(LRD)」と呼ばれる天体で、近傍宇宙ではほとんど見られない新しい種類の天体です。

高速度のHα輝線は、銀河中心の超巨大ブラックホールの周囲で物質が高速で運動することで生じる「活動銀河中心核(Active Galactic Nuclei; AGN)」からの放射の特徴と一致するため、これらの天体の発見は「初期宇宙には予想以上に多くのAGNが存在し、超巨大ブラックホールが急速に成長していた可能性がある」という考えを強く後押ししてきました。しかし一方で、「これらの天体が本当にAGNなのか」という決定的な証拠は、これまで得られていませんでした。

国立天文台科学研究部の小久保充特任助教(国立天文台フェロー)と東京大学宇宙線研究所の播金優一助教の研究チームは、これらの天体が本当に超巨大ブラックホールを持つAGNなのかを確かめるため、JWSTの赤外線カメラによる複数回の撮像観測データと、Chandra X線衛星による極めて深いX線観測データを組み合わせ、AGNであれば必ず見られるはずの観測的特徴を探りました。もしこれらの天体がAGNであるのなら、超巨大ブラックホールへと降着する物質によって形成される降着円盤からの紫外-可視光が短い時間で明るさを変える様子や、降着円盤内縁部からの強いX線放射が観測されるはずです。

しかし解析の結果、対象とした5天体すべての高速度Hα輝線放射天体において、紫外~可視光に相当する波長域での明るさの変化はまったく検出されませんでした。さらに、一般的なAGNでは必ず観測されるX線放射も検出されませんでした。

これらの結果は、観測された天体が通常のAGNとは大きく異なる性質をもつことを示しています。従来のAGNモデルでは説明が難しく、別の物理的な仕組みが働いている可能性が浮かび上がってきました。本研究では、激しい星形成が生み出す高速ガス流や、星からの紫外線が周囲の水素ガスで散乱されることで見かけ上速度の大きいHα輝線成分が生じる、といった代替シナリオを提案しています。

今回の成果は、宇宙初期における超巨大ブラックホールと銀河の成長の関係、そして高赤方偏移宇宙におけるAGNの普遍性について、これまでの理解を根本から見直す必要があることを示唆しています。今後、より詳細な分光観測、多波長での追観測、理論モデルの高度化などを通じて、これらの謎の天体の正体解明が進むことが期待されます。

高速度Hα輝線放射天体の一つであるGLASS 160133の、JWSTによる近赤外線カラー画像(左上: 2.5秒角四方)と、Chandra X線衛星による2.2メガ秒積分のX線光子カウントマップ(右上: 16秒角四方)。JWSTで検出された天体位置に対応するX線放射がまったく検出されていないことが分かる。下段は、2022年11月4日、2023年8月1日、2023年12月10日に取得されたJWSTの各赤外線フィルターによる画像と、異なる2つの時期の画像同士の差分画像を示す。F115W, F150W, F200W, F277W, F356W, F444Wはそれぞれ1.15 μm、1.50 μm、2.00 μm、2.77 μm、3.56 μm、4.44 μmの観測波長に対応する。差分画像に天体が写っていないことから、これらの期間において光度変動が生じていなかったことが分かる。

論文情報
タイトル:Challenging the Active Galactic Nucleus Scenario for JWST/NIRSpec Little Red Dot and Non-Little Red Dot Broad Hα Emitters in Light of Nondetection of NIRCam Photometric Variability and X-Ray
著者:Mitsuru Kokubo, Yuichi Harikane
掲載誌:The Astrophysical Journal
DOI:10.3847/1538-4357/ae119e
URL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ae119e