研究紹介
最近の研究
原始惑星系円盤中の有機分子生成過程
太陽系内の彗星や隕石中にはアミノ酸などの有機物質が見つかっていますが、このような有機物質が、宇宙空間でどのように生成されたかはまだよくわかっていません。本研究では、原始惑星系円盤中の化学反応ネットワーク計算を行い、彗星形成領域において暖かい塵の表面で有機分子生成が進むことを示しました。
また、我々の太陽系も含め、多くの星・惑星系は若い星団中で形成されると考えられています。本研究ではさらに、若い星団中で近傍の大質量星からの紫外線照射の影響下にある原始惑星系円盤中の有機分子生成の計算を円盤内の降着流の影響も考慮して行い、その環境効果について議論しました。
一方で、理論モデルの予測に基づき、大型電波干渉計アルマを用いて原始惑星系円盤からのメタノール輝線を検出する観測提案を行い、初検出に成功しました。小質量星まわりの円盤外縁や中質量星周りの円盤内縁で、塵表面より非熱的/熱的に脱離したメタノールが検出されています。検出したメタノールの存在量は、彗星で観測されるものと同様の存在量であり、円盤内での彗星形成を示唆する結果となりました。また、シアン化メチルなどの有機分子は、複数の原始惑星系円盤で検出されています。
また、我々の太陽系では、内縁の岩石惑星形成領域で炭素が枯渇していることが知られていますが、この原因はまだよくわかっていません。本研究では、この炭素の枯渇が原始惑星系円盤内で生じると仮定して化学反応ネットワーク計算を行い、アルマによる分子輝線観測でその兆候を検出する可能性を議論しました。
一方で、従来の化学反応ネットワーク計算では、気相反応と塵表面反応を扱っていましたが、状況によっては、氷マントル内で反応が起こり、さらに複雑な分子が生成される可能性があります。本研究では、氷マントル反応の室内実験をもとに化学反応ネットワークを拡張し、原始惑星系円盤内で起こりうる反応を計算しました。その結果、彗星探査衛星ロゼッタで観測された複雑な有機分子が、原始惑星系円盤の温度が急激に上昇して氷マントルが加熱された際に生成される可能性を示唆しました。(Chen-En Wei・博士論文)
- 研究者コラム「生命の材料物質を探る」
- 低温科学「原始惑星系円盤の有機分子と硫黄系分子:モデル計算とALMA観測」
- 遊星人「惑星形成領域からの様々なガス輝線のALMA観測」
- 惑星形成領域で初めてメタノールを発見
- Discovery of methanol in a 'warm' planet-forming disk
- How planets may be seeded with the chemicals necessary for life
- 星間塵化学研究会
- Walsh et al. 2014, A&A, 563, 33
- Walsh et al. 2014, Faraday Discussions, 168, 389
- Walsh et al. 2016, ApJL, 823, L10
- Booth et al. 2021, Nature Astronomy, 5, 684
- Ilee et al. 2021, ApJS, 257, 9
- Wei et al. 2019, ApJ, 870, 129
原始惑星系円盤中の分子の同位体比 ~惑星形成領域より惑星系の物質起源を探る~
太陽系内の彗星や隕石(小惑星)、惑星・衛星大気では、様々な元素の同位体比が測定されており、太陽系の起源を探る指標となっています。最近では、系外惑星大気でも同位体比が測定されています。一方で、最近、大型電波干渉計アルマによる分子輝線観測を用いて、原始惑星系円盤でも様々な同位体比が測定できるようになりました。
本研究では、原始惑星系円盤中の同位体も含めた化学反応ネットワーク計算を行い、アルマで観測された窒素同位体比の空間分布を再現しました。その結果、円盤内で窒素同位体比は選択的光解離により濃縮しており、また、円盤内の炭素・酸素元素組成比が高く、円盤外縁で小さいダストの量が減少している可能性が示唆されました。小さいダスト量の分布は、ダスト成長・破壊・移動のシミュレーションの結果と傾向が一致するものでした。
一方で、アルマ観測を用いて、原始惑星系円盤よりHC18O+分子を初検出しました。これより、円盤内のH13CO+/ HC18O+比を求め、同位体交換反応で濃縮が進んでいると仮定して、13CO/ C18O比を導きました。その結果えられた酸素同位体比は、星間物質の平均値と同程度であり、太陽系の隕石中の酸素同位体比異常から予測されるものとは異なりました。これは、原始太陽系円盤が、観測した原始惑星系円盤とは異なり、若い星団中で形成されたことが原因である可能性が示唆されました。
さらに、原始惑星系円盤で観測される、線中心が光学的に厚いCO輝線の光学的に薄い「すそ」を用いて、同位体比を測定する手法を開発しました。その手法をアルマ観測データに適用した結果、円盤内縁(< 100 au)では12CO/ 13CO比が星間物質の平均値より低く、外縁(> 100 au)では高いことが分かりました。円盤内縁の同位体比は、炭素・酸素元素組成比が高いと同位体交換反応で説明でき、外縁の同位体比は、同位体分子が塵へ凍結する束縛エネルギーの違いによって説明できることできました。円盤内で炭素同位体比が大きく変化するのは予想外の結果で、本研究により、12CO/ 13CO比が、惑星系の物質起源を探る鍵になりうることが示されました。(M2・吉田有宏)
また、分子雲と原始惑星系円盤、太陽系の彗星、隕石、惑星・衛星大気に関する最近の理論的・観測的研究をまとめたレビューチャプターを執筆しました。
- 惑星系の起源と進化を解き明かす新たな「指紋」~アルマ望遠鏡がとらえた惑星誕生現場の物質組成の大きな変化~
- アルマ望遠鏡による惑星誕生現場の大規模観測
- 重水素で探る系外惑星系と太陽系の成り立ち
- 若い星の周りで見つかった”稀な”分子 -惑星形成過程に新たなヒント-
- Workshop ‘The Isotopic Link from the Planet Forming Region to the Solar System’
- Lee et al. 2021, ApJ, 908, 82
- Furuya et al. 2022, ApJ, 926, 148
- Yoshida et al. 2022, ApJ, 932, 126
- Nomura et al. 2022, Protostars & Planets VII, in press
原始惑星系円盤中の惑星形成の兆候
惑星系は原始惑星系円盤内で形成されると考えられており、大型電波干渉計アルマによる最近の高空間分解能観測は、その兆候をとらえています。本研究では、うみへび座TW星まわりの原始惑星系円盤からの塵の高空間分解能観測により、溝(ギャップ)構造を発見しました。多波長で観測した結果、ギャップ内の塵のサイズは小さいことが示されました。これは、ギャップが惑星により形成されたことを示唆します。また、ギャップの幅と深さの観測値と理論計算の結果を比較することで、形成された惑星の質量が海王星よりもやや重い程度である可能性が示唆されました。
さらに高空間分解能の観測を行った結果、円盤外縁に塵の点源を発見しました。この点源が、若い惑星のまわりに形成された周惑星円盤だと仮定すると、観測された点源の大きさより、惑星質量は海王星程度である可能性が示唆されました。今後の赤外線観測などにより、この点源の正体がわかると期待されます。
また、分子輝線の高空間分解能観測を行った結果、この点源よりも少し外側に、ガスのギャップ構造の兆候が検出されました。理論シミュレーションによると、円盤内の惑星が半径方向に移動していると、惑星の位置とギャップの位置がずれることが示唆されており、この兆候が観測された可能性が示唆されました。
さらに、周惑星円盤の物理・化学モデルを構築し、円盤からの分子輝線を理論計算したところ、円盤の温度が十分に高温であれば、JWSTなどによる今後の赤外線観測により、円盤からの分子輝線が検出される可能性が示唆されました。このような分子輝線の観測により、惑星が形成されている現場の化学組成に制限がつくことが期待されます。(胡博超・修士論文)
一方で、円盤外縁にリング構造をもつ円盤がしばしば観測されています。本研究では、アルマ望遠鏡による高空間分解能観測で、カメレオン座CR星のまわりの円盤外縁にダストとガスのリング構造を発見しました。さらに、円盤温度のモデル計算を行い、円盤外縁の塵の面密度が小さくなる領域で温度が上昇し、その結果、ダストが溜まってこのようなリング構造ができる可能性を示唆しました。条件によっては、リングが不安定になり、天体形成が起こる可能性もあります。(Seongjoong Kim・博士論文)