Adrian Tchaikovsky "The Doors of Eden" (Pan Books)
(2024年3月読了)
最近ちょっと時間SFや改変歴史SFを集中的に読んでみるということをやっており、2020年のサイドワイズ賞長編部門を本書が受賞しているのを見かけて手に取ってみました。
本作品で改変される歴史は、単細胞生物からヒトに至るまでの進化の歴史です。そうした異なる進化を辿った異形の知的生命の世界に続く"扉"が開いてしまい、世界が混乱に陥るというお話でした。介入されている時点が先史時代(というか地質時代?)なので狭義の歴史の範疇に収まっていない気もしますが、しかし歴史改変/改変歴史SFのカタログであるユークロニアを見るとこういうのも歴史改変ものということになっています。
なんといっても、主人公の女子大生2人組がすごくよかった。一人は白人でオックスフォード在学中の既得権益層とされる身分で、もう一人はパキスタンからの移民ということになっています。このいかにも交わらなさそうな2人が、未確認生物(cryptid)への熱意を通して意気投合し、UMA探しの旅に出かけるというのが最序盤の話です。このあたりは英国産『裏世界ピクニック』といった感があります。百合SFとしても大変おすすめです。
本作品を貫くテーマは「多様性」といっていいでしょう。登場人物(文字通り登場する"ヒト")のほとんどは女性か性的マイノリティの人で、社会における居づらさを感じているようです。また、多様な形態の知的生命たちがひしめくマルチヴァースという概念自体が多様性を体現しており、個人的な次元から世界のありようまで、あらゆるスケールの多様性が問題の解決を促していきます。著者はスペキュラティヴなアイデアにこういった現代的テーマを織り込むのが好きなようで、和訳された『時の子供たち』もその流れにあります。
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