高橋源一郎『DJヒロヒト』(新潮社)
(2024年6月読了)
ヒロヒトとは当然、昭和天皇のことである。本作では、天皇をはじめ、戦前に生きた数多くの作家や研究者、活動家らの人生が断片的に描かれ、時代の空気が立体的に立ち上がってゆく。本作の特徴は、時代の前後関係が狂ってしまったナンセンスな記述が端々にみられることである。たとえば、折口信夫が関東大震災(1923年)に遭遇した際にNHKで緊急地震速報が流れる描写があるが、緊急地震速報は平成以降の技術であり、これは当然ありえない(なお、同じ場面で『あさイチ』が放映されている描写もある。狂った大正時代だ)。さらには、南方熊楠が『風の谷のナウシカ』のナウシカと粘菌について対話する場面もあり、いよいよナンセンスである。このように史実からの乖離は甚だしく、明治・大正・昭和・平成・令和の各時代および現実と虚構がリミックスされている。しかし、逆説的なことに、それぞれの人物の息遣いを身近に感じることができた。
南方熊楠・粘菌・天皇といえば、南方熊楠が粘菌を用いて思考機械を作り、天皇に献上する『ヒト夜の永い夢』を思い出した。1929年の和歌山・神島での御進講が重要なイベントとして登場するのも同じである。熊楠SFというジャンルがあるのかもしれない。
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