ヤコブ・ムシャンガマ『ソクラテスからSNS 「言論の自由」全史』(早川書房)

(2024年5月読了)

 表現・言論の自由は日本のような自由主義国家では原則として保証されているものの、近年ではキャンセル・カルチャーやヘイト・スピーチ条例の広がりによって部分的に制限されるケースがあり、SNSなどでは日々の論争の種になっている。こうした言論の自由と検閲の相克は古代から繰り返されつつ、全体としては少しずつ自由が認められてきたという歴史がある。本書では言論の自由を軸として、古代から現代のSNS時代までの西洋史を振り返っている。
 本書は非常に情報量が多く、端的に要約することが困難ではあるが、著者の立場は言論の自由に関してはリバタリアンに近いということで一貫している。たとえば、確かにヘイト・スピーチは言論の自由の重大な副作用である。しかし、1950年にエレノア・ルーズベルトが指摘したように、そうしたヘイト・スピーチ規制は全体主義国家によって悪用される可能性があるし、実際に歴史的にそうされてきたことを本書は指摘する(そういえば『日没』はまさにそういう話であった)。したがって、民主的で平等な社会を守っていくためには、言論の自由を徹底的に擁護しなければならないというのが本書の結論であるようだ。
 本書の主張をそのまま受け取るかは読者が判断していくほかない。しかし、この問題をめぐる長い歴史を知ることは有益であるように思われた。本書では、言論の自由を擁護していた人間がいざ権力を握ると自由の迫害に回ることをミルトンの呪いと呼び、山のように歴史的事例を挙げている。現代日本のニュースに接していても心あたりのある話ではあるし、こういう場当たり的な立場に陥らないよう気を付けたい。

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