井上靖『天平の甍』(新潮社)
(2024年7月読了)
733年、第9回遣唐使の一員として唐に渡った留学僧の栄叡と普照は、日本に戒律を伝えるために、唐の高僧鑑真に渡日を懇請した。これを受け鑑真は何度も渡海を試みるもののこれに失敗、ついには失明に至ってしまう。しかし、753年、鑑真は第10回遣唐使の船に乗り、ついに来日を果たす。本作はこの古代史上の一大イベントを描く歴史小説である。
奈良時代の未熟な渡海技術のもとで、遣唐使船はしばしば遭難してしまったことが知られている。多大な労力を費やして唐で学問を修めたとしても、帰りの船が沈没してしまってはすべてが水泡に帰してしまう。こうした壮絶な状況が引き起こす心理を、数時間あれば安全に海を渡れる現代の我々が想像することは簡単ではない。しかし、本作で採用されている無駄をそぎ落とした文体は、その行間に埋まった鑑真や留学僧たちの苦労と執念を読者に想像させる。さすがに昭和の文豪の代表作であると思った。
私は知らなかったのだが、鑑真の748年の渡海では遠く海南島まで漂流してしまい、揚州までの2000 km近くを陸路で帰ったそうだ。しかもその途中で栄叡が死亡するという悲劇があり、『唐大和上東征伝』には鑑真がひどく悲しんだという記録が残っているらしい。人生を賭けた事業だったということが分かる。
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