Stephen Baxter "Fortress Sol" (Gollancz)

(2024年12月読了)

 Stephen Baxterは、宇宙論的時空間スケールで描かれる壮大なスペース・オペラで有名な英国の作家である。小学生のときに『時間的無限大』に出会って以来私がもっとも好きな作家といってよく、未訳のものを含めて大部分の作品を読んできた。本作はBaxterの最新作で、相変わらずスケールの大きい話をしている。
 本作は、西暦2198年の海王星から話が始まる。海王星まで資源開発の手を伸ばしていた人類はその年、正体不明の反物質爆弾(luminousなのでlumeと命名される)によって海王星が破壊される様子を目にする。その「攻撃」に恐れをなした人類は、太陽系の周りに殻=Maskを作ってひきこもると同時に、惑星をつなぐ巨大な鉄道網=Frameを建造し、さらには太陽のエネルギーを人工的に枯渇させてブラックホールに崩壊させてしまう(Wrap)。
 Mask/Frame/Wrapから構成される太陽系要塞(Fortress Sol)が成立しておよそ1000年後の3230年、lumeの「攻撃」から系外惑星まで避難していた多世代型恒星間船が太陽系に帰還する。この帰還によって、1000年の間秘匿されてきた太陽系の真実が明らかになり、太陽系要塞の体制が揺さぶられる。
 Baxterの典型的な作品では視点が次第に超遠方/超遠未来に移動していくのに対し、本作では視点がだんだん太陽系の内部に進んでいくので、小さくまとまってしまった印象を受けた。また、太陽系の秘密というのも、いくら戦時体制中といってもさすがに1000年あればだれか気づくであろうという話で、納得感は薄かった。しかし、こういう怪しいストーリー構成を含めて氏の作品のファンなんだよなという感はある。また、Frameをイラスト化したと思われる表紙はなかなかかっこよくてよかった。
 Baxterの作品の楽しみどころはシナリオというより提示される世界観にある。本作でよかったのは、太陽を加熱することによって(いわゆる負の比熱を通して)太陽の寿命を延ばすというアイデアを提示し、それを最近流行の長期主義と呼ばれる思想に接続するアクロバットである。〈ジーリー・クロニクル〉では星を冷却することで恒星の寿命を短くした氏だが、逆のことをやったのは本作が初めてかもしれない(忘れている?)。ちなみに、銀河中心のような暗黒物質密度の高い領域においては暗黒物質の対消滅による加熱がはたらき恒星の寿命が伸びる可能性が(本当に)指摘されており(いわゆる暗黒星=dark star)、恒星進化計算に基づく議論がときおりなされている(e.g. Scott et al. 2009)。

参考文献
Scott, Fairbairn, & Edsjö (2009), MNRAS, 394, 82.

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